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 ワインの流通と販売に携わる人たちがすべきテースティング

一口にテースティングといっても、それぞれの位置するポジションの違いからポイントの置き所が変わってきます。ここでは、ワインの流通と販売に携わる人が心がけるべきテースティングについてお話します。


立場の違いによるテースティングの違い

まずはじめにぜひ違いを認識しなくてはならないのは、消費者の立場でするワインの味見と、消費者にワインを提供する小売業、レストランなど料飲店、あるいは卸業者、インポーターなどワインを販売する側の立場でするテースティングとは根本的に視点が異なるということです。

そもそもワインを好きで買おうとする消費者(お客様)に、テースティングなる言葉は不似合いな感じがします。テースティングという語句はワインを吟味したり、分析して評価していくという少し硬いイメージを感じさせます。確かにお客様もワインを吟味したり、評価したりしますが、それはあくまで個人の好き嫌いを基準になさいます。

お客様は、どこかの誰かがどんなにこれは優れたワインだと言ったとしても、自分の好みに合わなければ『嫌い』とか『まずい』という評価を下します。このことには誰も文句のつけようもありません。お客様が自分の好みでワインをお求めになるのは当然だからです。

これに対し、お客様にワインを販売する立場のいわゆるプロの人たちは、自分の個人的な好き嫌いから離れて、もう少し客観的にワインを見る必要があるのです。それは、そうしないとお客さんの好みの(あるいは欲しがっている)ワインがどんなワインであるのかを見分けられないからです。

確かに販売者側も、自分の気に入った好きな味のワインだけを扱おうという販売姿勢は存在するとは思いますが、この手法では自分の趣味と一致する消費者だけを対象とした経営になります。ワイン流通のプロがすべきテースティングは、それぞれのワインの持っている特徴を客観的に把握して、その価値を評価していくことです。

この客観的なテースティングは、顧客にワインを販売するときよりも、むしろワインを仕入れるときに威力を発揮します。ワインを商っている皆様はワインを売ることを目的としていらっしゃるわけですが、その基礎はきちんとした商品の品揃えにあります。その基礎がおろそかだと一度は顧客にワインが売れても二度目からは買ってくれないかもしれません。それは顧客が買ったワインに満足しないからです。

さてでは具体的に客観的なテースティングとはどんなことを言うのでしょう。現在おこなわれているテースティングの多くは、このワインは何とかの香りがします、それでぶどうの品種は何とかです、といった感じのものが多いのではないでしょうか。これはこれでよいと思います。これなら消費者も一緒になって楽しむことができます。ぶどうの品種当てなどは最もスリリングな楽しみと言えるでしょう。しかし、ワインの流通のプロである皆さんがするテースティングは、もう少し違ったものであると思います。


客観的なテースティングとは

ワインの流通のプロがおこなうテースティングは、そのワインが自社(あるいは自店)の仕入れに適するか、必要かどうかを判定することにあります。その基準は、第一には、そのワインにコストパフォーマンスがあるかどうかということです。第二には、コストパフォーマンスをクリアした場合、自社(自店)の既存の商品構成と照らし合わせて、さらにそのワインを付け加える必要があるかどうか、という点です。

コストパフォーマンスを吟味するということは、とりもなおさずそのワインの品質を見極める、ということです。品質を見極めるということと自分の好きなワインを選択するということはまったく違うことです。この部分を混同しないようにすることがぜひとも必要です。この部分が消費者の味見と大きく異なる点です。消費者の選択は、自分が好きか嫌いか、気に入るかどうかです。消費者にとっては、好きなワイン、気に入ったワインがよいワインに決まっています。

ワインを販売する側は、ワインに値段を設定しなければなりません。それには自分の好きなワインには高い値段を、好きではないワインには安い値段をつける、というわけにはいきません。価格というのはワインが持つ価値と置き換えてもいいでしょう。あまたあるワインの価格を設定するには、1本1本のワインの価値を見極めなければならないのです。そのためにはワインを客観的に評価するということが求められるのです。

確かにワインの価格はすべてが品質に見合った値付けがされているとは限りません。それはワインの価格の決定要素は品質だけにあるのではないからですが、それにしてもきちんとしたテースティングに基づいて品揃えされたワインとそうでないワインでは、顧客はきちんとテースティングされた商品群を選んでいきます。この図式は消費者が小売業や料飲店を選ぶ場合にとどまらず、流通段階でも同様です。インポーター、卸業者には特に優れたテースティング能力が求められます。

具体的には、まず基本的なこととして欠陥のあるワインを見極める、ということが第一です。世界中のワイナリーから毎年おびただしい数のワインがリリースされています。そのうちのある部分は日本にもやってきます。それら数限りなく生産されるワインのすべてが健全である、ということはないのです。またすべてのワイナリーが品質に気を配っているというわけでもありません。したがって、ワインを販売する流通サイドでは、少なくとも欠陥と思われるワインは扱わないようにしなければなりません。そのためにはそのワインに欠陥があるのかどうかが判断されなければなりません。ここにテースティングの第一歩があるのです。


欠陥か個性か

一貫してこのセクションでは流通業者のするテースティングは、客観的であるべきだと書いてきました。それならば、何を持って客観と言うのだという基準が示される必要があります。実はここにワインテースティングの大きな自己矛盾が潜んでいます。

『欠陥』あるいは『欠点』という語句は、かなりインパクトの強い言葉です。ワインに対してこの言葉を使うと、『飲めない』、『飲むべきでない』あるいは『飲むと何かおかしなことが起こりそう』といった飲み物として不適切という意味合いを持ってきます。特に消費者にはそういうメッセージを持った言葉として認識されてしまいます。

ワインという飲み物は、『ワイン造りの本質』でも述べたとおり、飲んで人体に害を及ぼす何かが含まれているということはありません。ただ、なかには微生物の代謝、化学反応などで生まれてくる成分が時として強くワイン中に現われ、それが不快な味や香り、色を呈することがあるのです。つまりは飲むと不快に感じるのです。

“不快に感じる”の『感じる』という言葉はきわめて主観的な言葉です。『感じる』という感覚表現には個人差があり、すべての個々人が同じに『感じる』わけではありません。とすると、客観的テースティングなどといっても結局のところ人それぞれということであり、ワインのテースティングというのは、所詮主観の範囲内ではないのか、ということになってきます。つまり、欠陥を見極めろ、と言われたってそれがそのワインの個性ということだって出来るだろう、という指摘です。

それはまさにそのとおりなのです。ワインの中身成分は健康被害を及ぼすものはありませんから、その香りがたとえにんにくのような香りであっても、卵の腐ったような香りが出ていたとしても、それがそのワインの持つ個性だと言われればそれを否定する根拠は希薄と言えます。しかしながら、ワインの飲み手のマジョリティはそうしたワインを出来の悪いワインとみなしますから、販売することが難しいワインであるわけです。もちろんワインの造り手が、そういうワインこそがうちの目指すすばらしいワインである、と主張し、あなたもそれに同意すれば問題はありません。

ワインの醸造においては、発生してくるいろいろな成分のうち、的確にコントロールしなければならないものがいくつかあります。それらを的確に処理、コントロールしないと最終的に多くの消費者に嫌われるワインになってしまいます。もし、ワインメーカーがワインにうまく対処しなかったり、あるいは対処法を知らなかったり、さらには問題の発生自体を認知しなかったりすると、いわゆる問題のあるワインが生まれてしまうことになります。


このセクションでワインの欠陥と言われる香りとその原因にあえて言及しない理由

ことテースティングに関しては、実際にワインをテースティングしながらその香りや味、品質について言及することが何より必要です。書物やコンピュータのディスプレイに表示される文章を読んであんな香りか、こんな香りかと想像してみても、実物がない以上具体性を持ちません。今ここでこんな香りは何が原因で発生してくると書くことは可能かもしれませんが、私の言う香りとそれを読んで、その香りをイメージしていらっしゃる方の香りが同じかどうかわかりません。もしそのイメージが違った場合、その方は間違った認識を持つことになってしまいます。

この部分のテースティング手法については、ぜひ実地でその香りの感知と原因をきちんと把握しておられるテースターと一緒に学ばれることを強くお勧めします。

ワールドファインワインズでは折に触れ、テースティングセミナーを開催いたします。どうぞご参加ください。


(伊藤嘉浩)


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