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このページは【Marketing】と【Tastingの両方のセクションに掲載されています。


 有名産地のワインほど吟味すべし


 今では世界中にワイン産地が広がり、優秀なワインがたくさん生まれています。中でも伝統的なヨーロッパのワイン産地、たとえばシャブリ(Chablis)やキャンティ(Chianti)といったワインは、名前のとおりもよく、多くの消費者がその名前を知っています。

 ワインという飲み物は、その味わいは実に多様でその個性はさまざまです。ですから消費者は、その中から自分の好みに合ったワインを独力で選択するというのは一般的には難しいことです。

 そこで聞いたことがある名前のワインならとか、有名だからという理由でワインを選択することが多くなるのは致し方ないといえます。しかし、名前が知れたワインだからと買ったワインが、品質がよくなかったり、好みに合わなかったりすることはしばしば起こることです。

 今回は、ワインの販売者がワインを仕入れる上でのちょっとしたポイントを書いてみたいと思います。ワイン小売業にしろ、レストラン・バーなどの料飲店にしろ、もちろんインポーターの皆さんにしろ、きちんとしたワインを導入されれば消費者は間違いなく支持してくれます。ここにワインビジネスの成功の鍵があると思います。


消費者に受けの良いワイン名・ワイン産地

 よく名前の知れた有名産地のワインにはどんなものがあるでしょう。思いつくままランダムに挙げてみましょう。
Fiasco(フィアスコ)と呼ばれる
Chiantiの伝統的なボトル


今ではほとんど見られなくなった


 前述のシャブリ(Chablis)やキャンティ(Chianti)はその典型でしょう。キャンティというのはあまりにも大きな地域名なので、今ではキャンティ・クラシコ(Chianti Classico)と、もう少し生産地区を限定したキャンティワインのほうがとおりがいいようです。

 ボジョレー(Beaujolais)、シャンパーニュ(Champagne)などはおなじみでしょうし、少し通の方などにはフランス・ブルゴーニュのジュヴレイ・シャンベルタン(Gevrey Chambertin)やイタリアはピエモンテのバローロ(Barolo)なども飲んでみたいと思わせる名前でしょう。

 世界には上記以外の有名ワイン産地、プレミアムワイン産地は数多くありますが、ここでは上に挙げた産地のワインを例に話を進めていこうと思います。


有名産地のワインの品質はバラバラ

 シャブリにしてもシャンパーニュにしてもジュヴレイ・シャンベルタンにしても、キャンティ・クラシコにしてもバローロにしても、有名だというのにはそれだけの理由があります。それは、たしかにこうしたワイン産地では、良いワインが生まれ、消費者の高い支持を受けているからです。

 しかしひとたびその名声が高まると、その名声にあやかって楽に商売をしようとする人たちが現れるのは、ワイン界に限らず世の常です。時間が経つにつれて参入者は増加して、玉石混交となってしまうというわけです。

 Chablisについて言えば、1950年代はその栽培面積は500ヘクタールほどでした。ちょうどその頃からシャルドネブームが起き、そのけん引役となったのがシャブリでした。特に1970年代頃からは、アメリカでもシャルドネブームが起き、シャブリの名声はますます高まっていったのです。

 この時期は、アメリカやオーストラリアなどのいわゆるニューワールドワインの勃興期とも重なるのですが、こうした新興産地では多くの白ワインにChablisという名前がつけられ、つい最近までそれが続いていました。それほどChablisの持つ知名度は絶大だったのです。

 今ではシャブリのぶどう栽培面積は5,000ヘクタールにもなっています。またその生産者数も(したがってワインの数も)増加しています。

 
さてこうなってくると、シャブリでとれるすべてのワインが品質を保つことは難しくなってきます。それは、シャブリ地区でぶどうを作ればChablisとラベル表示できるわけですから、仮に品質が伴っていなくても、Chablisという名前で楽にワインが売れることになるからです。

 Chablisとラベルに表示されていれば、消費者にはシャブリは有名だし、良いワインに違いないという思い込みがありますから、どこかほかの知られていないワイン産地が表示されたワインより仮に品質が劣ったワインであったとしても、Chablisと表示されたワインは、ずっと簡単に売れていきます。

 その結果、世界中に凡庸なChablisが拡販されていくことは必然ともいえるでしょう。

 ここで重要なのは、こういう構図があるわけですから、ひとくちにChablisといってもピンからキリまでということを認識すべきということです。このことは、シャブリをいくつか並べてテースティングしてみれば、どれほど違うかということがわかります。

Chablis Grand Crus(グランクリュ)の畑

左からLes Preuses, Vaudésir, Grenouilles (建物の周辺), Valmur,
Les Clos, Blanchotsの畑が一望できる
 ところで最近Chablisには、一時ほどの勢いは見られなくなっています。近年市場では、中身を吟味することなくシャブリが消費者に販売されるケースが多いため、ピンからキリの『キリ』のワインが多く売られるようになり、消費者が嫌気をさして、見切りをつけ始める傾向が出ています。

 たしかにディスカウント店などのチラシには、シャブリ1本980円の広告が踊っていますし、レストラン・バーなどでも、客の目を引こうとシャブリを導入するものの、コストパフォーマンスを伴っていない、いわば名前だけシャブリを導入してしまうため、消費者が離れてしまうのです。

 こうした事態を避けるには、ワイン販売者は自らが試飲して、水準の高いワインを吟味する必要があります。名前がChablisというだけで、しかも条件につられて仕入れをすると、結局痛い目にあいます。

 一方で、非常に優れたワインを造りながら、優良な生産者が凡庸な生産者と一緒に見られてしまい、シャブリ全体がかつてより注意を払われなくなってしまっている事実も同時に指摘しておきたいと思います。


最近の消費者の反応

 日本の消費者は、非常に良い選択眼を持っています。前節でも触れましたが、最近の日本のワイン消費者は、有名産地のワインに対して、警戒する動きが一部で見られるようになっています。

 それは、有名なワイン産地名を冠したワインが、必ずしも良いワインばかりではないことを見抜きだしたためです。しかしこのことは逆に、有名産地の名を冠した真に優良なワインまでもが排除されるという側面も持っています。

 Chianti Classico(キャンティ・クラシコ)を例にとってみましょう。Chianti Classicoとラベルに書かれたワインはそれこそ星の数ほどあり、その品質には相当の格差があります。価格でいえば、1000円そこそこのものから10,000円程度までと大きな開きがあります。

 そのどれもがChianti Classicoを名乗っているわけです。消費者からは、同じ名前を名乗っていながらなぜそれほどの価格の開きがあるのか、どこがどう違うのか見当がつきません。

 消費者からすると、Chianti Classicoというラベルが貼られたワインが、ある店では1,500円で売られていて、別の店では3,500円、また別の店では6,500円という価格を目にしたりするわけですから、わけがわからなくなってしまいます。

 ですがこれは消費者を責めるわけにはいきません。消費者からすると、こんな値段設定は不条理だと映って当然です。ワインの売り手側が、消費者が不条理と感じる点に丁寧に配慮して、納得が得られるような対応をしているかというと、なかなかそれはできていないようです。

 販売者側も、価格の安いChianti Classicoと価格が高いChianti Classicoの違いがよくわからず売っているところでは、『うちのキャンティはこんなにお値打ちです』と価格訴求に走ってしまいます。

 有名産地のワインでは、こういうことがマーケットで繰り返されますから、価格はたしかに安いが品質はそれ以上に低いというワインが幅を利かせることになってきます。その結果として、消費者にはその名を冠したワイン全体と、それを売る販売店に対して警戒感が生まれ、そうした売り場もワインも敬遠されるという構図がでてきてしまいます。

 消費者は、ラベルの読み方だの小難しいワイン知識を持ち合わせていなくとも、きちんとワインは選んでいます。是非消費者に支持されるワインの仕入れと商品構成が求められます。


ジュブレイシャンベルタンもバローロも

 ジュブレイシャンベルタン(Gevrey Chambertinとバローロ(Barolo)というワインも、ワイン通を自認する人たちにとっては聞きなれたビッグネームでしょう。

ブルゴーニュの地図⇒ 拡大する

 Gevrey Chambertinは、キラ星のごとく並ぶ、ブルゴーニュワインの北部に位置する銘醸地ですが、数あるブルゴーニュの銘醸地の中で、なぜこれほどジュブレイシャンベルタンが知名度が高いのか、よくわからないところはあるのですが、ちまたではよく『ジュブシャン』などと呼ばれてもいるようです。

 ブルゴーニュでは、傑出したワインが多く造られていますが、価格も高く、一般的な消費者にとって、日常的にポンポン開けられるというワインというわけではありません。
 
 ところが市場では、ジュブレイシャンベルタン1本1980円などというワインも登場していて、あのジュブレイシャンベルタンが1980円ならと思ってしまいます。

 私は前述のシャブリやキャンティ・クラシコの場合もそうですが、価格の安いワインを非難しているわけではありません。

 ただ申し上げたいのは、消費者はここで述べた背景を必ずしも理解しているとは限りませんから、販売者側は、できるだけそうしたことに配慮した売り方をされてはどうかと思うのです。

 シャブリ1本980円、ジュブレイシャンベルタン1本1980円という値付けは、消費者には魅力で、販売者側も売上を上げることができる手法です。ましてそうしたワインは世界市場に多く流通し、簡単に入手できます。こうした商材でご商売をされることに、なにか問題があるとは思いません。

 ひとつ危惧する点があるとすれば、1本980円のシャブリ、1本1980円のジュブレイシャンベルタンが、本当にその価格に適する品質を持っているのかどうかです。これはひとえに消費者が判断なさることですが、販売者側にとっては重要なポイントです。消費者が名前に釣られて買って損した、と思ったときは、そのワインを売った販売者は信用を失うことになってしまいます。

 このシャブリ980円だけど、この価格ならまあまあねとか、1980円のジュブレイシャンベルタン買ってみたけど、ACブルゴーニュよりはいいわねえ、といった評価のワインなら良いと思います。しかし現実に、そういう評価が得られるワインがどれほどあるのかが問題であろうと思います。

 先日お目にかかったあるバローロの生産者の方が、バローロも最近では栽培面積が以前と比べ格段に増え、今までBarbera(バルベラ)や Dolcetto(ドルチェット)が植えられていた地区にも今ではNebbiolo(ネッビオーロ)が植えられていると言っておられました。

 Baroloもいまではビッグネームのひとつで、市場では2000円程度のものからゆうに1万円を超えるものまで混在しています。


ちょっとこらむーふたつのタイプのバローロ

近年のBaroloは、以前のバローロとずいぶん趣が変わってきていて、タンニンの渋さも抑えられ、よりフルーティな感じのワインが多くなったと感じられる向きがあるかもしれません。かつてのBaroloは、もっと渋く強烈で無骨だったと。 

たしかにそのとおりで、近年バローロでは、近代的な醸造法を取り入れ、従来のバローロとは違った洗練された、モダンなタイプのワインを造る生産者が増えています。

今では同じBaroloといっても、ふたつのタイプのバローロが市場に混在していて、生産者の中でも、古典的なバローロこそ真のバローロだとする勢力と、モダンな造りのバローロを支持する勢力があり、バローロ戦争と呼ばれています。



 有名ワイン産地にワイナリーが殺到すると言う現象は、世界の銘醸地といわれるところで起きていて、たとえばオーストラリアのプレミアムワイン産地として知られる西オーストラリアのマーガレットリバー(Margaret River)では、世紀が変わる1999年、2000年ごろには30ほどのワイナリーしかなかったと記憶していますが、今では200を超えるほどになっています。

 世間に名前が知られるようになれば、参入者は増える。これは世の常です。ワインの世界も同様です。

 参入者が増えれば、ワインの数は飛躍的に増え、そのどれもが同じ名前を名乗っているわけですから、消費者にはどれが良いのか区別はつかなくなってしまいます。ワイン業者と言えども、その見分けは難しくなります。しかしここに商品を吟味して消費者に提供するという、真のワインプロフェショナルの存在の意義があるのではないでしょうか。

 是非ワインのプロの皆さんは、消費者が買って損をしたという失望を抱かせないために、ワインの吟味をおこなって頂ければと思います。

(伊藤嘉浩 2010年4月)



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