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酸化と酸度ーワインは酸化すると酸っぱくなるのか 最近いわゆるワインのプロといわれる人たちのコメントを聞いていて困惑させられることが時々あります。そのひとつが『このワインは酸化しているので酸っぱい。』あるいは『ワインが注がれてから時間がたって酸化してきたので酸っぱくなってきた。』というコメントです。このコメントは、消費者が何気なく聞いているとなるほどと思ってしまうコメントです。しかし、実際酸化したワインは本当により酸っぱさを増しているのでしょうか。このコメントは正しいのでしょうか。 その真偽 結論から申しますと、ワインの酸化がワインの酸度に大きく影響を及ぼすことはほとんどないといえると思います。ワインが『酸味』を感じるのは、酸を構成する物質が存在するからです。その代表格が『酒石酸』『リンゴ酸』『乳酸』の3つです。ワインの中にはほかにも微量にいくつかの酸が存在しますが、主要な酸はこの3つでこれらが味覚に酸の刺激を与えています。味覚的により酸っぱく感じるということは酸が増すということで、つまり酸度が上昇するということにほかなりません。 とすると、『ワインが酸化したので酸っぱくなった』ということは、酸化によって上記の3つの酸のどれかあるいは複数が増えた結果、酸度が上昇したことになります。しかし実際には、ワインが酸化したからといって酒石酸、リンゴ酸、乳酸などの有機酸が劇的に変化するということはありません。なぜなら、ワインの酸化は酸に対して作用するのではなく、果汁の段階ではフェノール類、ワインになった段階ではアルコールが酸化の主な対象となるからです。 さてでは、なぜ日本ではワインが酸化すると酸っぱくなると言われるのでしょう。それには二つの理由が考えられるように思います。 誤解の理由 その1 誤解の大きな理由のひとつは、日本語特有の漢字の問題から発生していると思われます。つまり『酸化』という語句も『酸度』という語句もともに『酸』という漢字が共通しています。『酸』という漢字は『すっぱい』という意味です。すなわち同じ『酸』という字を使っているため、ワインが酸化すると酸っぱくなると連想してしまうのです。これは無理からぬことかもしれません。 英語では、酸化はoxidation(オキシデーション)と言います。また、酸はacid(アシッド)、酸度はacidity(アシディティ)と言いますが、oxidationという語句からacidあるいはacidityという語句を連想するということは字面を見ていてもありません。すなわちoxidationが起こったからといってacidityが変化するという発想にはならないのです。 ところが日本語の場合は、酸化に『酸』という時を使いますから酸っぱいというイメージを連想してしまうのです。そこでワインが酸化すると酸っぱくなると思い込んでしまうことになります。 oxidationはoxygenから来ていますが、日本語ではoxygenは『酸素』です。ですからoxidationは『酸化』です。酸性・アルカリ性の『酸度』を示す尺度に使われるのにも同じ『酸』の字を使いますから、話がややこしくなります。こちらのacidの意味の『酸』『酸度』は実際に『酸っぱい』のです。 誤解の理由 その2 ふたつめの理由は、ワインを栓をあけて長い間放置すると、本当に酸っぱくなることがあるからです。しかしそれはワインが酸化したから酸っぱくなったのではなく、酢酸菌が繁殖して酢酸が生成され酸っぱくなるということがあるのです。つまり酢酸という強い酸がワイン中にあらわれて実際に酸度(pH)を変化させた場合です。こういったワインはかなり長い期間空気と接触していたと思われますから、当然酸化が進んでいます。つまり同時に酸化したワインでもあるのです。しかしそのワインが酸っぱくなった原因は、ワインの酸化にあるのではなく、酢酸の生成によって実際に酸度が変化したと考えられるのです。 抜栓してから時間がたったワインの味や香りが変化するのは、自然なことです。それは空気と触れることによってワインの中身成分が変化するからです。ワインの栓を開ける前は、ワインは空気と接触しない状態でいますが、ひとたび開栓するとワインは空気と接触することになり、その結果それまでのワインの状態とは異なった様相を示していきます。揮発性の成分の生成はその代表的なものです。また、酸化も始まっていきます。抜栓した後にワインにおこるさまざまな変化が、ワインの香りや風味に時間の経過とともに変化を与えるということになるのです。 『酸っぱさが増した』という表現は、こうした風味の変化がそう思わせるのだと思われますが、実際に酸化によってワインの酸度が変化してpHの値が低くなる、ということは考えづらいことであるのです。
(伊藤嘉浩) ワインの酸化のメカニズムについては、『専門資料のご提供』の『果汁及びワインにおける二酸化イオウの使用』に言及されています。こちらをご覧ください。
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