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ワインの発酵停止の原因―プリオンが関与 【アメリカ】 2014年9月16日


ワインが発酵している最中に発酵が止まってしまう、いわゆる発酵停止(stuck fermentation)の問題は、ワインメーカーにとって頭が痛い問題だ。ワインが途中で発酵が停止してしまうと、再開させることが出来ない場合も多く、ワインをあきらめざるを得ないという深刻な事態となる場合もあるからだ。

これまでなぜワインが途中で発酵が停止するのか、その原因はよくわかっておらず、運よく再開できれば良いのだが、根本的な解決の糸口がないというのが現状だった。

今回カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)のLinda Bisson教授(リンダ=ビッソン)らは、ワインの発酵停止には、バクテリアと酵母が関わって作り出すプリオン(prion)という奇形タンパク質が関与していると発表した。

プリオンと言えば例の狂牛病(BSE)の発生で話題となった物質だが、この奇形タンパク質プリオンは、自己増殖すると見られている。(プリオンについては今も諸説あり、議論が続いている。)

Bisson教授らは、プリオンの自己複製システムが、発酵中のワインの中で、酵母の栄養源である糖から他の栄養源に、酵母のDNAを置換することなく、そのソースを切り替えてしまうということを発見した。

【ちょっとコラム】

以前より、グルコース(glucose:糖の種類)が存在するときに、酵母の細胞膜が、酵母がグルコース以外の炭素由来の物質を使うことをブロックするといことが知られてきました。

このシステムは“グルコース抑制”として知られていますが、酵母の中でも特にSaccharomyces cerevisiae(サッカロミセス・セレヴィシエ)が強くその力を持っているとされています。それゆえこの酵母はワイン造りをはじめ、ビールやパンの発酵でも効率的に糖を変換するとして実社会で広く使われています。



今回の研究で研究者らは、酵母の細胞膜の中で、バクテリアが一足飛びにプリオンを複製させるときに、“グルコース抑制”のシステムが働かないということが時として起こることを発見した。

発酵停止のメカニズムとして、プリオンが邪魔をして、酵母が本来グルコースを代謝するところを、グルコース以外の炭素源を代謝し、結果としてグルコースの代謝の効率が落ち、発酵をスローダウンさせ、最終的に発酵停止に陥ると説明している。

今回の発見で、ワインメーカーは原料ぶどうをプレスあるいはクラッシュするときに、多少多めの二酸化イオウを使うことによって、発酵停止の引き金を引く可能性のあるバクテリアを死滅させようという選択をするかもしれない。あるいは、複数の畑から収穫されたぶどうを一緒にブレンドするとき、特定のバクテリアの存在を気にかけるようになるかもしれない。またあるいは、そうしたバクテリアに打ち勝つ能力のある酵母の菌種を使おうとするかもしれない、とBisson教授は指摘する。

教授は、このプロセスが発見されたことにより、どうしたらワインの発酵停止を回避できるか、その対策を打つことが出来るのではないかと語っている。研究のゴールとしては、プリオン生成の引き金となる信号を無視する酵母の種類を見つけることだと語り、それはプリオンを生成しない酵母の発見ではなく、発酵をより促進させる酵母を発見することだと語っている。

尚、この論文は専門誌Cell2014828日号に発表された。

An Evolutionarily Conserved Prion-like Element Converts Wild Fungi from Metabolic Specialists to Generalists, Cell


【Note】

酵母など菌類におけるプリオンは、狂牛病に見られる哺乳類プリオンタンパク質とは違い、いかなる病状も引き起こさず、むしろ有益な役割を果たしている可能性があるとホワイトヘッド研究所(Whitehead Institute for Biomedical Research)のスーザン・リンドキスト(Susan Lindquist)の主張に対し、アメリカ国立衛生研究所 (NIH) の研究者グループは、菌類のプリオンは病気の状態として考えられるべきであるとする強い主張を打ち出しているそうです。(このふたつの研究機関は、世界を代表する最先端研究機関として知られています。)

現在は、菌類のプリオンが病気なのか、それとも何らかの機能のために生まれてきた進化の産物なのか、この問題は未だ解決を見ていないということになっているようです。

プリオンについての優れた解説が、『ウィキペディア プリオン』に見ることが出来ます。ご参照ください。

(伊藤嘉浩)




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