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このページは【Viticulture】【Tasting】の両方のセクションに掲載されています。


 ワイン用ぶどう品種を探訪する


人類はいつごろからワインを飲みだしたのかというのは、ワインファンならずともちょっとした関心をひくテーマです。(ワインの発祥については文末のリンクをご参照ください。)近年では、考古学の世界にも遺伝子解析の技術が導入され、古代の生命の痕跡がたどれるようになってきているようです。

ワインの世界にもそうした科学的手法が導入され、現代の我々が手にしているワイン、つまりぶどうのルーツが徐々にたどれるようになってきています。

日ごろ我々がワインを飲む上で接するぶどう品種というのは、多いと言っても限りがあります。しかし、世界には驚くほど多くのワイン用のぶどう品種が存在し、それらは太古の昔からさまざまな変遷を遂げて、現代にいたっているようです。

今回は、ワイン用のぶどう品種を探訪してみたいと思います。


近年のぶどう研究の進歩

2012年に、ジャンシス・ロビンソン(Jancis Robinson)の編纂になる『Wine Grapes』という本が刊行になりました。この本は、1200ページにもなる大著で、その中には1300を超えるワイン用のぶどう品種が収められています。

最近はDNA解析の進歩で、混沌としていたそれぞれのぶどう品種の起源や進化、発展経路などがかなり詳細にマッピングできるようになってきたようです。この本を見ると、そうだったのかとか、夢にも思わなかったことに遭遇したり、まさに驚きの連続です。

例えば、私はピノノワール(Pinot Noir)とシラー(Syrah)に関連性があるなどと思いもしなかったのですが、不確定な部分もあるようですが、どうやらシラーはピノノワールのひ孫にあたるというのです。そういわれてみると、ピノノワールとシラーを時々間違えるということがあって、そういうことなら間違えても仕方がないと思ったりします。でもこれは全くの言い訳ですね。

以前はピノノワールとシラーを間違えるはずはないと思っていましたが、最近時々混同することがあります。

Gouais Blanc(グーエ・ブラン)

シャルドネをはじめ、現在の重要なぶどう品種に大きくかかわりを持つ品種。しかしワイン用ぶどうとして素性が悪く、現在はほとんど見られない。

Source :
Geisenheim Grape Breeding Institute
(Forschungsanstalt Geisenheim)



またぶどうの家系図を見ると、現在われわれが主要な品種と考えている多く、たとえばシャルドネ、リースリング、ガメイなどにはGouais Blanc(グーエ・ブラン)というぶどうが大きな役割を果たしているようです。Gouais Blancは実はシャルドネの親ですが、栽培を禁止された劣等種であったのです。(これについては文末のリンクをご参照ください。)このGouais Blancという品種、現在ではほとんど見ることはできないらしいのですが、どうもワインを語るうえで極めて重要な品種らしいのです。


現代のワイン用ぶどう品種―驚きの連続

さらに、私のこれまで持っていた認識をくつがえす部分もいくつかあります。たとえばVermentino(ヴェルメンティーノ)です。このワインは、最近日本でもよく見かけるようになっている白ワインです。このぶどうはトスカーナでも見かけますが、もともとはサルディニア(Sardinia)あたりの固有種だと思っていました。

ところがある時、ある権威筋からVermentinoとMalvasia(マルヴァジア)とは同じぶどうだと聞かされました。マルヴァジアといえば、スペインから南仏にかけて地中海一帯で広く栽培されていて、口にすることも多いワインです。

私はそう聞かされてからVermentinoとMalvasiaを意識的に比べるようになりましたが、なかなか同じぶどうだとは思いづらいというのが正直な感想でした。しかし同じ品種でも栽培環境が変わればワインはかなり変わるということはよくあることですから、そういうことなのだろうと思っていました。

ところが『Wine Grapes』によると、VermentinoをMalvasiaと呼ぶのはコルシカだけということになっています。ということは一般的にはVermentinoとMalvasiaは別の品種ということになるのでしょう。

ここでさらに私を驚かせたのは、私はMalvasiaというのはMalvoisie(マルヴォアジェ)、Malmsey(マルムジー)など地域によって呼び名は変わるものの、ひとつのいわゆる単一ぶどう品種だと思っていました。ところが実はMalvasia というのは20にもおよぶ亜種の総称的な呼び名だったということでした。

近年世界市場で躍進中のアルゼンチンワインですが、その白ワインの代表的なぶどうにTorrontés(トロンテス)があります。トロンテスも実は3つの亜種の総称(実は亜種ではないと見られています)で、実際のワインはどのトロンテスが使われたか(あるいはブレンドされたか)によって個性が変わります(詳しくは文末リンクをご参照ください)。マルヴァジアの場合は、亜種の数、生産地域が多岐にわたることから、何をもってマルヴァジアだということかについては一筋縄ではいかなそうです。

Petite Sirah(プティット・シラー:スペル注意) Durif(デュリフ)とも呼ばれる。

Source :
Appellation America


 

私が個人的に興味を持っているぶどうにDurif(デュリフ)というのがあります。Petite Sirah(プティット・シラー:スペル注意)といった方が通りが良いかもしれません。色調が濃く、フルボディの凝縮感のあるなかなか面白いワインで、注目していました。

『Wine Grapes』によると、Petite Sirahはもともとはフランス原産種だったのが1860年代に不注意による偶然でアメリカにわたり、今ではカリフォルニアで生産が増えている品種だということです。私はこの品種に1990年代の後半にオーストラリアで初めて出会いましたが、以来それほど頻繁に接するわけではありませんが、なかなか力があって、良いのではと思ってきました。

カリフォルニアといえば、2012年にNero d’Avola(ネロ・ダーヴォラ)がいくつかのクローンを含め、アメリカで栽培が許可されたと聞きました。Nero d’Avolaは、近年日本でもかなりよく見かけるようになっているイタリア・シシリア原産のしっかりとした肉厚の赤ワインです。Nero d’Avolaは、カリフォルニアのワイン生産者たちが導入を望んでいた品種で、今後アメリカ産のNero d’Avolaが出てくることになるでしょう。ちなみにNero d’Avolaは、オーストラリアではすでに栽培が始まっていて、ワインができています。

近年、イタリアやスペインなどから、以前はその地域だけでしか知られることのなかった、土着の個性的なぶどう品種のワインが日本にも多く導入されるようになり、刺激的です。個人的にとても心惹かれるぶどう品種も多く現れています。こうしたワインに接するにつけ、ワインの世界の奥深さを感じます。


我々が日ごろ接するのはボトルに詰まったワインという液体ですが、これは単純にぶどうが姿を変えたものです。つまりワインを造るぶどうこそがその大元ということになります。マーケットにおりますと、なかなかぶどうそのものに思いをはせるということはないかもしれませんが、何かの折にでもそんなことを考えてみるというのも一興かと思います。

(伊藤嘉浩 2013年11月)


 
(文末リンク)
ワイン発祥の地はどこ?-科学的解明進む
シャルドネの親は、栽培が禁止された劣等種だった
アルゼンチン、白ワインでも拡大を狙う』のなかのちょっとコラム



本稿は、2013年3月に発行した『ワールドファインワインズ ニュースレター』に補筆したものです。

『ニュースレター』のお申込みはこちらからどうぞ。



【関連ページ】

試してみたいぶどう品種のワイン、あれこれ 【その1】 赤ワイン編
試してみたいぶどう品種のワイン、あれこれ 【その2】 白ワイン編
ぶどうのとれる場所とワインの個性
ワインの品質を決定付けるものーぶどう栽培の重要性

Nero d'Avolaのアメリカへの導入に関しては、
アメリカでヨーロッパ原産のぶどう品種数種が使用可能に 【アメリカ】 2011年11月4日』



【Wine Grapes に関して】

この本は英語で書かれています。小説などとは違い、客観的な記述ですから、文体に慣れれば読めるのではないかと思います。ただしぶどう栽培やワイン醸造などに関する専門用語は出てきます。邦訳が出ると良いと思います。

また主要ぶどう品種については、ページ大の非常によくできた美しいイラストが挿入されています。

Wine Grapesのオフィシャルサイトはこちらからどうぞ。Jancis Robinsonによる本の紹介ビデオも見られます。

【お願い】

『Wine Grapes』は、現在のところワイン用ぶどう品種の文献として、最も広範で先端的な研究成果をもとに出版されている本と言えますが、この中の記述をもって唯一絶対とは言い切れないかもしれません。

この領域の研究は世界のあちこちで進んでいますし、この著述に対する反対論やさらに進んだ研究があるかもしれません。

この領域にお詳しい方、ご意見をお持ちの方は、是非ご一報願えると助かります。どうぞよろしくお願いいたします。





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