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ぶどうのとれる場所とワインの個性


ワインを飲むと、同じように見えるワインでありながら、飲んでみるとずいぶん味わいが違うということは、もはや多くの消費者が認識しておられます。仕事としてワインを扱っておられる方にとっては、しごく当たり前のことかもしれませんが。

しかし何が原因でワインの個性に違いが出るのかということになると、議論が起こるところです。今回はそのあたりのことを消費者のワイン選択という観点とともに探りたいと思います。


ワインに個性を与える要因

なぜワインの個性に違いが出るのかということについてはその大きな要因として、ひとつはぶどうの品種が違うからだという意見があります。いまひとつはぶどうがとれた場所が影響するのだという意見があります。これは二者択一ではなく、この大きな二つの要素が組み合わさって、それらがワインの個性に違いを与えるのに大きなウエイトを占めるということになるわけですが、確かに出来上がってくるワインはそれぞれずいぶん違った個性・性格を持っていて、消費者にとってもワインをわかりにくくしている大きな要因となっています。だからワインはおもしろいのだとおっしゃる方も大勢おいでです。

消費者にとってもワインを商う人たちにとっても、比較的わかりやすいのは、ぶどうの品種による個性の違いのほうでしょう。典型的なカベルネソーヴィニオンと典型的なピノノワールとを比べれば、同じ赤ワインでありながら、確かにかなりタイプが違うということがわかります。この2本を試しに消費者に飲み比べてもらうと、多くの方がご自分の好みによって『私はこっちのワインが好き』と意思を示されます。もちろん『どっちも好き』『どっちも嫌い』という方もおいでです。

ワインの個性を考えるとき、ぶどうの品種の違いはその大きな要素です。しかしながら、同じぶどう品種であってもそのぶどうが育った場所によって、とても同じぶどうからできたワインとは思えないということもあります。近年では、世界中にぶどう産地が広がっていろいろな場所でぶどうが作られ、したがってワインが造られるようになりましたから、旧来の品種の個性のイメージが当てはまらなくなっている場合も多く出てきています。

それでは、同じぶどう品種であるにもかかわらず、なぜ従来の品種のイメージとは異なったワインが生まれてくるのでしょう。


ぶどう品種と産地による違い

たとえばシラーを取り上げてみましょう。シラー(Syrah)はご承知のとおり、フランス、コート・デュ・ローヌ(Cote du Rhone)を主要な産地とするぶどう品種で、極めて上質のワインとなり得るぶどうです。


 オーストラリア バロッサバレーのぶどう園
   バロッサバレーでのシラーズの収穫

シラーは今では世界各地で栽培され、多くの優良なワインを生んでいます。特にオーストラリアではその生産量は多く、シラーズ(Shiraz)と呼ばれています。ペンフォールズ(Penfolds)のグランジ(Grange)はほとんどシラーズから造られています。

さて、この二つの産地のワインを比べてみますと、同じぶどう品種でありながらかなり個性の異なるワインであることを実感されるのではないでしょうか。コート・デュ・ローヌのシラーは一般的に胡椒の様な香りやシナモンなどといったスパイス系の香りに特徴があるといわれます。また、酸がしっかりしていて凝縮感があるワインといわれます。

それに対しオーストラリアのシラーズはよく、骨格が大きく、リッチで濃厚な感じ、スパイス系の香りもあわせ持つが、むしろカシスやブラックカラントのような黒い果実系を連想させるといわれます。また、オーストラリアのシラーズはしばしば香りに甘さを感じさせるともいわれます。

上記の記述はあくまで一般論で、コート・デュ・ローヌ、オーストラリアのシラー(シラーズ)がすべてそれらの個性を共通して持っているわけではありません。しかし確かに比べてみると、同じぶどう品種とは思いづらいという側面も持っています。

では、同じぶどう品種でありながらなぜ異なった個性のワインとなるのかという疑問が生じます。単純に造られた国の名前が違うから、という地理的理由からでしょうか。国名が違うというのはたまたま人間が境界を地域区分しただけのことなので、ぶどう自身は自分はオーストラリアで育っているとかフランスで育っているとかの認識はありません。

とすると、ワインに違いがでるのはぶどうが育った環境が異なるからだと考えるのが自然です。一口にオーストラリアといってもその国土は広大で、地域によって相当の気候差がありますが、オーストラリアで良質なシラーズを産出する南オーストラリアのバロッサバレー(Barossa Valley)とフランスのコート・デュ・ローヌの気候はかなり違います。

オーストラリアの多くのワイン産地はヨーロッパの産地に比べて暖かく、日照量も多いのです。このことはぶどうの生育に違いをもたらします。バロッサではそのせいでぶどうがよく熟し、糖度が上がり、それゆえアルコール度数も上がり、しっかりとしたワインとなります。この環境の違いは、出てくる香りにもかなり影響を与えているようです。さらに、色づきの違いや酸の違い、タンニンなどの違いもぶどうの生育環境が異なることによって変化します。

加えてオーストラリアでは、シラーズに対しては樽での熟成にアメリカンオークを使うことが多く、アメリカンオークを使うことによって特有の甘い香りを演出したりもしています。最近ではその香りが強すぎるのではないかという意見も多く、アメリカンオークの使用を抑えてきているところも多くなっています。

たまたま一例としてフランスのシラーとオーストラリアのシラーズを取り上げましたが、ほかのぶどう品種についても同様に、ぶどうの生育環境が違えば生まれてくるワインの個性も異なるということになるのです。


ニュージーランド マールボロ(Marlborough)のぶどう園
南アフリカ フランショエク(Franshoek)のぶどう園

人間の歴史の中でワインはほとんどヨーロッパで造られていましたから、その風味や味が基準となってきたことは当然のことですが、今ではぶどうは世界中で作られ、世界中でワインが造られています。したがってワインの個性も従来に増して多様化してきているといっていいでしょう。


消費者の選択

見てきましたように、現代ではワインに個性を与える要因が産地の広がりとともに多様化しています。それゆえ世界マーケットでは、従来余り目にしなかった新しいタイプの味や香りを持つワインが登場しています。消費者にとっては選択の幅が広がり、よりワインを楽しめる環境が設定されています。

たとえばソーヴィニオンブラン(Sauvignon Blanc)といえば、かつてはフランス、ロワールのサンセール(Sancerre)やプイイフュメ(Pouilly-Fume)などがその筆頭として挙げられましたが、現代ではニュージーランドやカリフォルニア、チリや南アフリカなどのフランスのソーヴィニオンブランとは異なった個性のソーヴィニオンブランを検討しないわけにはいかなくなっています。

それは、それぞれのソーヴィニオンブランが異なった個性を持っているからであり、消費者はその異なった個性を楽しみたいと思うようになっているからです。

近年、ぶどうの生産地が世界中に拡散することによって、従来の品種の基準とされてきた味わいやフレーバーの範囲にとどまらない個性のワインが生まれています。それは、ぶどうが育つ環境が異なるために起こるのが大きな要因と言えますが、その違いを楽しめるマーケットというのは、消費者にとっては歓迎すべきマーケットです。

日本の多くのワイン売り場が消費者に楽しみを提供できる売り場であることを願います。


(伊藤嘉浩 写真共)


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