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 地球温暖化がワインにどう影響を与えるのか

この記事は、【Wine Talk】【Viticulture】両方ののセクションに掲載されています。


 地球温暖化という言葉は、今では日常生活で最も頻繁に使われる単語のひとつになっています。これは世界中どこでも同じで、口を開けばグローバルウオーミング(global warming)です。実際地球上のどこにいても、この異変は誰もが体感していることであるので、それを話題にするのは当然でしょう。

 この地球温暖化現象はわれわれの周りのさまざまな場面で変化をもたらしていますが、ワインの世界も例外ではないようです。今回は地球温暖化とワインがどう関わっているのかを見てみましょう。


ワインは農産物

 ワインは農産物であるといわれてもピンとこないかもしれません。ワインが農産物だといわれると違和感があるかもしれませんが、ワインの正体はぶどうそのものです。発酵が完了してワインと呼ばれる前は100パーセントのぶどう果汁です。その100パーセントぶどう果汁になる前には、ぶどうの房として木にぶら下がっていたのです。ですからワインは実は農産物であるのです。

 そうしてみますと、農産物であるぶどうが天候の影響を受けるのは当たり前で、それゆえワインの世界ではヴィンテージの良し悪しがうんぬんされることになるわけです。

 さてしかし地球温暖化によってぶどうの生育・栽培が影響を受けることになるのでしょうか。また、それによってワインが影響を受けるのでしょうか。受けるとすればどういったところに、どういう形で表れるのでしょうか。次にそのあたりのことを見てみましょう。


ぶどうの栽培適地

 今では世界のいろいろなところでワインが造られています。ということはその分ぶどうもその場所で作られているわけです。世界のよいワインができるといわれる場所(地域)を見てみますと面白いことがわかります。

 ぶどうというのはかなり贅沢でわがままな植物らしく、あまり暑かったり寒かったりすると生育自体を拒否します。ですから熱帯地方や非常に寒い地方ではぶどうは育たないのです。亜熱帯や亜寒帯といわれる地方でもほとんどのぶどうはうまく育ちません。

 ぶどうの育っている地域をよく眺めてみますと、ぶどうという植物は、人間がとても快適に、ぬくぬくと暮らせる地域にしか育たないということがわかります。人間は亜熱帯や亜寒帯など、多少気候的に快適ではないと思われる地帯でもさほど文句も言わず住んでいますが、ぶどうはそうではないようです。


たとえばピノノワールとぶどう産地

 よいワインとなるためのぶどうには、単にぶどうが育てばよいというだけでなく、よく熟して健全であることが求められます。ワイン用のぶどうの栽培適地は、ぶどうが育つのに適する気候帯の中でもさらに限定されることになります。

 たとえばPinot Noir(ピノノワール)を取り上げてみましょう。ピノノワールは数あるワイン用のぶどうの中で最も栽培適地を選ぶ品種といってよいでしょう。Cabernet Sauvignon(カベルネソーヴィニオン)、Chardonnay(シャルドネ)などは、比較的幅広く世界中で良質なワインが生まれていますが、ピノノワールはどこでもいいというわけではなく、良質なワインが生まれる産地はずっと限られています。

 ちなみに良質なピノノワールの産地は、Bourgogne(ブルゴーニュ:フランス)、Oregon(オレゴン:アメリカ)、California(カリフォルニア)の一部、Victoria、Pemberton、Tasmania(ヴィクトリア、ペンバートン、タスマニア)などオーストラリアの一部、New Zealand(ニュージーランド)の南部などと世界の中でもかなり限られてきます。その他の地域でも良質なピノノワールはいくつもスポット的に造られてはいますが、産地としての一般化は難しいようです。

 これに対しカベルネソーヴィニオンやシャルドネなどはピノノワールほど栽培適地を選びません。しかしだからといってどこでも良質なぶどうになるというわけではありません。

 ではなぜあるところに植えたぶどうは良質なワインとなり、別の場所ではそうならないのかという疑問が生じます。その最も大きな理由はその栽培地が持つ『気候』にあるといえるのです。特に温度(気温)は非常に重要です。

 それぞれのぶどう品種は好みの気温帯を持っているらしく、ピノノワールは冷涼な気候帯を好みます。冷涼な気候が好きといっても、ほんのちょっとでも寒すぎたりするともう不機嫌になりますし、ちょっとでも気温が高いほうにふれても同じようにむくれてしまいます。ピノノワールは、数あるぶどう品種の中でもっとも繊細で敏感なぶどうだといわれるのはそういうところにもあると思います。

 カベルネソーヴィニオンやシャルドネ、メルロなど他のぶどう品種はもう少し気候帯の許容度があり、ピノノワールほど限定的ではありません。ちなみにカベルネソーヴィニオンは、ピノノワールより若干温暖な環境を好みます。


地球温暖化とぶどう栽培

 見て参りましたように、ぶどうという植物そのものがかなり限定的な自然環境をその生育条件として持っており、ワイン用のぶどうの場合は、ぶどう品種によって生育環境がさらに限定されるということになります。

 前述のピノノワールの栽培適地で、カベルネソーヴィニオンは育たないかというと育ちます。逆にカベルネソーヴィニオンの銘醸地でピノノワールが育たないかというとそんなことはなく育ちます。しかし、それぞれの産地でふたつのぶどう品種が両方とも世界の銘醸になるかというと、それはむずかしいでしょう。なぜならそれぞれのぶどうの持つ最適環境が少しだけ違うからです。

 現在起こっているといわれる地球温暖化現象は、今までその土地がもっていたぶどうに対する生育環境を変化させるということを意味しています。もしかするといままでピノノワールに最適だと思われていた場所が、カベルネソーヴィニオンに最適な土地となるのかもしれません。

 また、今までは寒すぎてぶどう栽培は無理だといわれていた地域がワイン造りの産地になるかもしれません。逆に気候が暑くなりすぎてぶどう栽培を放棄しなければならない地方が現われるやも知れません。

 地球温暖化現象が本当に将来にわたってはっきりと起こり続けるものなのか、確たる結論がでているわけではないかもしれませんが、もしかすると30年後50年後の世界のワイン地図は大きく塗り変わっているのかもしれません。ワイン造りの現場では地球温暖化の話は話題としてよくでますが、さりとて自分たちの力ではどうすることもできないとも思っています。

 ワインメーカーたちは、毎年毎年つくるワインの大部分はその年の気候次第で、自分たちではどうすることもできない、自然という領域が立ちはだかっていることをよく知っています。しかしその土地の気候環境の変化が、自分たち人間のしたことに原因があるとすると、文句の言いようもないということになるのかもしれません。

 先日お目にかかったアルザスのTrimbach(トリンバック)さんが、将来はノルウェーやデンマークがワイン産地になっているかもしれない。われわれが何百年にわたってアルザスでつくり続けてきた良質なワインがもうできなくなったら、北欧に移住でもするかと冗談半分におっしゃっていましたが、昨今の地球温暖化論議は、ワイン生産者に潜在的な不安感を与えているのは間違いありません。


(伊藤嘉浩 2007年9月)


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